◆□◆フライブルク市の環境政策とドイツのゴミ対策範例◆□◆

講師:今泉 みね子(フライブルク在住 翻訳家・環境ジャーナリスト)

日時:1996年6月7日(金)

場所:御殿山パペルブルグ

 

1.まえおき

まだ、日本ではゴミは出るものという意識が強く、そのために処理についてばかりが問題にされているような気がします。ドイツでも、最終的に残ったゴミは焼却する方向で進んでいますが、連邦の新しい法律は「ゴミは回避する」「出たゴミはリサイクル」を厳しく義務づけ、古い機器の業者による引き取り・リサイクルを厳しく定めています。例えば、古くなった窓枠も業者が引き取らねばなりません。もし窓枠に従来のペンキが塗られていると有害物質として扱われ、料金が高くなります。こうして、厳しい「循環経済法」のおかげで、商品の生産方法も環境に配慮する方向に進んでくるのです。

2.フライブルク市の環境政策

フライブルグ市は、人口20万人弱、面積が1万5,000ha(その内森林面積は6,000ha余り)、産業としては第3次産業が中心で重工業はほとんどありません。3万人の学生をかかえる大学の街でもあり、環境関係の仕事に従事している市民は450人あまりにのぼります。

<交通対策>

歩行者優先の街づくりが特徴的です。市中心部では自動車の進入を禁止し、周辺の住宅地でも30km/hの速度制限を設けています。その他にも駐車場の有料化や住宅地の駐車制限、車線制限などがあります。あわせて、公共交通機関の利用を促進しています。レギオカードといって、市内及び近隣のすべての公共交通機関に共通して使え、他人にも転用可能の定期券があります。市電(路面電車)も拡張・整備されています。パークアンドレイルも行われています。また、自転車利用の促進として、駐輪場も整備され自転車専用道路の整備は150kmにも及んでいます。

<エネルギー対策>

公共建造物には断熱材やサーモスタット、効率の良い暖房設備などが取り入れられています。省エネ電球配布アクション、単線型料金体系、低エネルギー住宅の奨励などが省エネ対策に上げられています。また、エネルギーの利用促進については、コジェネレーションによる電気の自給が行われ、太陽電池の分譲、ソーラーレギオン構想があり、太陽電池及び太陽熱コネクター(熱としての利用)への補助金を出しています。

<ゴミ対策>

ゴミは、容器の大きさ別にすべて有料になっていますが、デポジットシステムの奨励や、公共の催しでの使い捨て食器の禁止などゴミの回避を第1にしています。その他には、生ゴミの集中コンポストや産業廃棄物のリサイクル促進として資源ゴミの混じっているゴミは埋め立て料金を法外に高くするなどしています。

3.その他の先進都市

<ハイデルベルク>今年の「環境首都」はハイデルベルクでした。徹底したリサイクルと、生ゴミのコンポスト化、量に応じて高くなるゴミ料金などの取り組みが行われており、フライブルク市よりもゴミ対策は進んでいます。

<ミュンスター市>ミュンスター市では、資源ゴミの徹底回収のあとに残った「汚れた」残余ゴミをさらに粉砕・分別工場に通して種類ごとにリサイクル・コンポスト化を行っています。それでも、ドイツで一番ゴミ料金の安い都市となっています。

<カッセル市>使い捨て食器税金を最初に導入して、リターナブル食器使用を促進している都市です。

<エアランゲン市>業者の自粛で缶入り飲料を撤廃したフェール島、「缶入り飲料のない町」づくり運動を展開しています。

渋谷健三レポーターから一言

フライブルクに限らず、ドイツでは「ゴミの排出抑制」が国策でも最優先である。これができるのは、やはり市民意識の高さがベースにあるようだ。我々の日本の市民団体も、今後そのことを重点に活動を展開すべきだろう。

 

◆□◆プラスチックのリサイクルに取組む久喜・宮代に学ぶ◆□◆

講師:上杉 ちず子(久喜宮代衛生組合議会議員)

日時:1997年3月1日(土)

場所:小平市中島地域センター

 

1.焼却炉建て替え反対から

ご多分に漏れず、久喜宮代衛生組合の焼却施設は町境にあります。10年前、その煙突から毎日真っ黒い煙が出ていました。何とかしてほしいと集まった住民たちは、まずごみを減らそうとリサイクル運動を始めました。90年末にダイオキシンに関する国のガイドラインが出たのを受け、行政にダイオキシン調査を要求しましたが、行政は@義務づけられていない、A調査が大変として拒否し続けました。92年に行政は焼却炉の老朽化を認め、隣接地に新設を計画しました。隣接の自治会(800世帯)から反対運動が起きました。93年に漸く行政にダイオキシン測定をさせることに成功、その結果、1号炉の排ガスでガイドラインの190倍の95ナノグラム/Nm3が出ました。新炉建設問題への反対運動とは別に、ごみ問題全般の改善のために、全地域の人が参加できる提案型の運動をしたいということで、ごみをテーマにアースディin久喜宮代を93年春に行い、リサイクルを訴え、フリーマーケットを開催しました。参加20団体がその後も継続してごみ問題に取り組む事になりました。

2.50%のごみ減量を3万5千世帯に提案

A2サイズのちらしをつくり、ダイオキシンの測定結果を知らせ、50%のごみリサイクルを訴え、そうすれば焼却炉は行政の案の200t/日でなく80t/日で充分とする提案を行い、3万5千世帯へ各戸配布しました。返信用はがきで600世帯から回答がありました。集会にも100人ほど集まり、大型店の前で聞き取り調査も実施、あわせて1000世帯の意見をもとに改善案をつくりました。中で多かったのがプラスチックの分別で、それが行政への提案になりました。目指す目標は焼却ゼロ、公害ゼロ、その第1段階として5年計画でごみを50%減らそうというものでした。行政は焼却型からリサイクル型への転換を公式に宣言し、プラスチックの100%分別を決めました。これは、住民運動、議会活動、消費者運動それらの連携によってかちえた結果でした。

3.プラスチックの固形燃料化

次に、分別したプラスチックをどうするかが問題でした。とりあえず、圧縮して敷地内に積み上げておくということを考えましたが、非常に多量で不可能でした。松戸市のプラスチックを阪田工務店が福島のクリーニング工場で燃やしているという情報に行政は飛びつきました。私たちは日本工業大学の先生にも点検してもらい、やむをえないと判断しました。理由は1200〜1400℃の高温で燃やすこと、急速にボイラーで熱を吸収するのでダイオキシンの出やすい300℃近辺での滞留が短いこと、福島県の検査結果も良好であること、残灰は県の公社で引き取ることなどからでした。プラスチックを分けて出す「プラスチックの日」を設けました。久喜宮代衛生組合の敷地内に圧縮梱包施設をつくらせ、集めたプラスチックを四方からサイコロ状に圧縮して、エチレンのフィルムでまいて福島県大熊町東工業団地にあるクリーニング工場へ送っています。このやり方は混合焼却より良いとは言えますが、最良とは思いませんし、他県に迷惑をかけている点で問題です。せめて、自敷地内の工業団地で処理できるように改善すべきだと主張しています。

4.ダイオキシン濃度低減

その結果、ダイオキシン量が減りました。94年10月からプラスチックの分別を始めたのですが、3回目(95年3月)のダイオキシン測定値は2回目(94年9月)と比べ、ほぼ1桁低くなっています。この時は同時に煙突から500〜680m離れた4地点で着地濃度も調べています。1.13〜1.5ピコグラム/m3でした。焼却炉のような原因施設のないところでは0.1ピコグラム/m3が普通だといいます。

5.予期せぬ効果:ごみの減少

プラスチックの分別によって、予期していなかった効果があがりました。それはごみ量の減少です。1人1日当たりのごみ量は91年の851gから95年の入652gへ200gも減りましたが、それは行政が苦労した結果ではなく、住民の自主的な取り組みでそうなりました。資源収集は委託なのですが、回収方法はビン、カン、ペットボトルを一緒の袋に入れる事になっています。その方が業者が集めやすいということです。でも、住民はビンを色分けして集めたり行政より進んでいます。その結果、ごみピットは一時の半分しかストックがありません。平成3年頃は毎日150tの焼却炉を24時間フル稼動してもピットの中はいつも一杯でした。今、4月から1号炉は週のうち4日もやせば充分という状況です。私たはこれで1号炉はそのうち止められると見ています。そうなればダイオキシンはすごく減るわけです。

6.ごみの排出者である住民が行動することが大切

私は今、子供2人と3人家族ですが、ごみは月2〜3回、1ヶ月に5〜6kg出すだけです。ですから、皆さんもあきらめないで取り組んで欲しい。行政に要求するのも大事ですが、生活スタイルをどう変えていくか、産業界の生産構造をどう変えていくかも大事です。つくる前に危険なものを除去する、どうしても必要で使う場合は危険だと表記させて別に回収して適正処理する。行政に実施を要求してもそれだけでは実効性はありません。ごみの排出者である住民の合意を取りながら進めてきました。

最後に、住民運動も机上の論理で行政に要求を突き付けるだけではだめで、住民運動も責任を果していく、それが必要だと反省しています。

高梨孝輔レポーターから一言

ごみを排出する住民自身が現状を知り、解決策を見つけていくべきだとする、いわば住民自決主義です。最後の言葉などは私たちにとってとても痛いところをつかれたという感じでした。